2017.09.10 Sunday

第36回 すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り(2017)

JUGEMテーマ:盆踊り

 

 今年の錦糸町の河内音頭盆踊りが終わって、もう10日が過ぎてしまった。8月30日(水)と31日(木)に行われたこの盆踊りについて、今年も昨年に引き続き、感想や反省を書いておこと思う。

 

 これはどんなイベントか、というようなことは昨年書いているので、今年は書かない。

昨年の記事→[第35回 すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り](http://shaba.jugem.jp/?eid=157)

 

 

 

錦糸町駅前で思う

 

 

 このイベントに参加するため錦糸町に行って、駅前で毎年思うのは「駅前にも街にもイベントの気配が感じられない」ということである。

 

 確かに、駅前にはこのイベントの案内をしている人はいる。また、時たま、会場へ向かうと思われる浴衣の人が通ったりするし、会場に近づけばそういう人は増えてくる。

 

 しかし、2日間で3万人を超える人が集まるイベントにしては、それを感じさせるような雰囲気が駅前にほとんどない。駅前から会場まで徒歩約5分であるが、そこにはただただ日常の錦糸町の駅前の様相があるだけである。

 私は、錦糸町駅前の日常に詳しいわけではないが、都内の他の同規模の街の日常の駅前と、錦糸町の駅前の日常はきっと似たようなものであろう。そんな日常の夕刻と同じ雰囲気があるだけ、ということだ。

 

 盆踊り会場の開場時間は17時で、開演が17時半であるが、私は毎年、だいたい17時半から18時の間くらいに錦糸町の駅に着く。そのため、駅前には、仕事を終えて帰宅中だったり、飲みにでも行こうとしていると思われる人が多い。もちろん買い物客もいる。そういった人たちが行き交う、極めて当たり前の日常風景が何事もなく駅前に広がっているのである。

 

 そのため、最初の頃は「日にちを間違えて来てしまったのではないか」と、疑ったほどだ。

 「間違いなく今日が開催日だ」と確信できるのは、会場に向かって歩き、音頭が聞こえるくらいまで近づいてからである。そして入口に立って音頭場を見ると、そこに、周囲とは異質の雰囲気を漂わせた何やら妙な空間がある。

 

 考えてみれば、コンサートホールで開かれる、アーチストのライブも同じかもしれない。そのホールが錦糸町と同規模の街にあった場合、その街の駅前を歩く人のほとんどは、そのライブの開催を知らないであろう。ホールの立地が駅前であれば、人がたくさんいて気がつくかもしれないが、ホールが街外れにあって客が断続的に集まるような感じだと、気づく人も少ないと思う。

 だから、錦糸町の河内音頭盆踊りは、街をあげてのお祭りというよりも、特定の人が参加しにくるライブイベントに近い感じのものなのかもしれない。

 

 錦糸町の駅前を行き交う人々のほとんどは、今この時間に、街の外れの首都高速の高架下で河内音頭の盆踊りが開かれていることを、おそらく知らない。そういった意味では知名度が低く、地域に根付いたイベントというものとは違うのかとも思う。

 

 なぜ知名度が低いかといえば、広報活動をあまりしていないからであり、なぜ広報活動しないかといえば、おそらく予算がないからだろう。だが、広報活動を熱心にやって、これ以上の集客をする気もないのだろう、とも思う。

 

 この盆踊りは、早い時間に行けば踊り場も空いていて、好きなように踊ることができる。しかし、終盤に突入するとその混雑ぶりはもの凄いことになる。輪になって踊るというよりも、人が密集して蠢いているような状態になる。その様子は、踊りの輪が流れるプールのようになり、そこに満たされた人たちが流れて行くような感じだ。

 

 しかも、そういう混雑が始まる時間帯が、年々早まっているようである。

 

 いや、だが、私はそんな状態と雰囲気が嫌なわけではない。むしろ好きだ。

 

 その場で踊っているのは、ふらっと遊びに来たような人たちであったり、気合いの入った踊り衣装の人たちであったり、勤め帰りのワイシャツにネクタイの人たちだったりする。ヤンキー風の人、お洒落な浴衣を着た女の子、揃いの浴衣の年配の人たち、関西から遠征してくる踊りの玄人、すっかりご機嫌の酔っぱらい、などなど、上手い踊り手も、見様見真似の初参加の人も入り乱れて、思いおもいに自由勝手に体を動かしている。そんな混沌としたその踊り場が私は好きだ。

 

 だが、その終盤の混雑を極めた踊り場に、もう今以上の踊り手が入るのは難しいであろう。人が多すぎて溢れ出そうなくらいなのである。それを見ると、これ以上の集客は必要ないどころか、もう集客しない方がいいのかもしれない、とさえ思えてくる。

 

 このイベントは経緯や諸事情から、会場をもっと広い他の場所に移すのは難しいだろう。唯一考えられるとしたら、高架下は長いので、前か後ろに第2会場を作って人を分散させることかもしれない。音楽フェスのようにだ。しかし、今でも相当にたいへんな思いをして運営しているのに、さらにそんな面倒なことをやるとはとうてい思えない。

 

 また、これも経緯や諸事情から、イベントの開催を八月の最終水曜と木曜にしているようだが、土曜〜日曜の開催に変えて、大規模に宣伝すれば、もっと人も集まるし、もっと大きな会場でやっても埋まると思う。しかし、このイベントの運営者は、そんなことをやる気は毛頭無いだろうな。

 

 などと、とりとめもないことを考えながら、錦糸町駅から音頭場へ向かって歩いた。

 

 

 

長い前置きを終えてようやく反省と感想

 

 

 昨年の踊り終了後、これからの目標として自分に課したのは「音頭を聴き取りながら踊れるようになること」である。

 そもそも私は、このイベントに音頭を聴くために参加し始めたのである。しかし、ほどなく踊り始めてしまった。そして、踊りに気を取られるようになって、音頭を聴き取れなくなってしまたったのだ。これでは主客転倒だと気づき、踊りながら音頭を聴き取れるようになることを目指そうと決めた。

 

 だが、今年、私はすっかりこの目標を忘れて踊っていた。そしてある時点で思い出した。なぜ思い出したかというと、逆に、音頭が耳に入ってくるようになったからである。何を唄っているか以前より聴こえるようになる時が訪れたのだ。それで、逆に、聴き取ることを目標にしていることを思い出した。

 

 聴き取れるようになったといっても、あくまでも以前よりは、ということである。目標の達成度はせいぜい10%といったところであり、まだまだスタートラインに立てたくらいのところである。

 

 それでも多少は聴き取れるようになったのは、おそらく以前より意識しなくても身体が動くようになったからであろう。身体の動きばかりにとられていた意識を、音頭に向ける余裕が多少はできるようになってきたのだと思う。しかし、聴く方に意識を取られると、踊りを間違えてズタボロになることもまだまだ多い。そうなると聴き取る余裕もなくなってくる。今後も精進を重ねたい。

 

 

 楽日の31日には、30年前にジャマイカのレゲエのフェス[レゲエ・サンスプラッシュ]に出演して、河内音頭とレゲエの融合を図ったパフォーマンスで現地の人を大いに沸かせた伝説の男[James Bong]が、初めて錦糸町のステージに立った。

 

 なるほど、当時、ジャマイカ人が James Bong を受け入れた感覚は、去年のピコ太郎のそれに似ているんじゃないかと思ってしまったが、さて、どうだったんだろうな。

 レゲエ・サンスプラッシュのJames Bongのライブは、YouTubeに上がっているので視聴することができる。それはそれとして、ものは試しだから、新たにもっといい環境で河内レゲエを収録して、その動画を世界に発信してみたらどうだろうか、とも思った。

 

 

 終了後は、軽く飲むために数人で錦糸町の繁華街へ行く。

 

 冒頭に書いたように、音頭場へ行く時にすれ違う家路を急ぐ人のほとんどは、このイベントのことを知らないであろう。しかし、帰り道は別だ。参加者がある程度の固まりになって駅の方向へ歩いていくから、何かあったことに気がつくし、毎年のことなので、帰りの時間に街にいるような人は、河内音頭の盆踊りがあったことも知っているはずだ。

 

 そして、踊りまくって飲んで酔って興奮状態にある男どもを狙うかのように、錦糸町の街のその手の女性が声を掛けている。

 たいがいの大きな繁華街の裏通りには、その手の女性はいるものだが、錦糸町の夜の凄さは、表通りにも堂々と立っていて声を掛けてくることである。表通りも裏通りも関係ないというか、裏表が判然としないというか、表裏一体というか。

 まあ、それもまた混沌というものかもしれない。あの踊り場と同じように。

 

 

2017.09.06 Wednesday

健康診断を受ける前の急な節制

JUGEMテーマ:健康のためにやっていること

 

 健康診断を受けるというので、急に節制する人はけっこう多いようだ。
 酒をやめ、親のかたきのように野菜を過剰に食べたりする。


 こういうことをする人達に対して、次のような意見を言う人もいる。

 

「普段通りの生活をして受けてこそ、正しい検査結果が出るので、そんなことをしても無意味どころか、誤った結果が出てしまうのでやめるべきだ」

 

かと思えば、

 

「急に節制したところで、検査結果は変わらないからやってもしょうがない」

 

と、いう人もいる。

 

 観点は真逆の意見だが「そんなことはしない方がいい」という点では同じだ。

 

 付け焼き刃でやっても診断結果に大差はないだろうとは思うが、入院して酒が飲めず、健康的だと思われる食生活を送った経験から言わせてもらうと、血圧だけなら一週間でもけっこう下がるのではないだろうか。私の場合は下がった。
 原因は食事のせいなのか、暮らしぶりのせいなのかわからないが、一週間の入院で血圧はかなり問題な状態から、まあ問題のない状態まで下がった経験がある。
 酒を飲めなかったことが大きいのではないかと推測しているが、本当の原因はわからない。

 

 だから、というわけではなく、健康診断を受けるのに、私も酒を2日抜いてみた。

 

「普段通りの生活をして受けてこそ、正しい検査結果が出るので、そんなことをしても無意味どころか、誤った結果が出てしまのでやめるべきだ」
と、いう意見に対しては、こう答える。

 

 悪い結果が出ると、そこから治療がはじまってしまう。治療が始まると色々と面倒なので、良い結果を出して、とりあえず治療が始まるのを回避し、その後は今の暮らしぶりを反省し、健康的な生活を送るようにするためだ。
 つまり、当面のしのぎなので、誤った結果が出ても、後で取り戻すからだいじょうぶだ。

 

 逆の、
「急に節制したところで、検査結果は変わらないからやってもしょうがない」
と、いう意見に対しては、こう答える。

 

 しょうがない、ということはない。たとえ2日間でも節制した暮らしをすれば、それだけ健康的で身体に良い影響があるはずだ。
 そもそも、健康診断をしたところで、健康になるわけではない。健康がどうかわかるだけである。そんなことよりも、実際に健康になるための行いの方がよほど有意義なはずである。
 2日間の節制で、2日分健康になったほうが、まったく健康にならないよりもいいに決まっている。健康診断の結果のためではない、健康そのもののために節制するのである。


 

 いうまでもないことだが、そんな屁理屈を並べながら、そうして、健康診断が終わると、またいつもの悪しき暮らしに戻っていくのである。

 

 

2017.08.26 Saturday

二日酔いになると思い出すことになる話

JUGEMテーマ:二日酔いを語ろう

 

 今朝は、というか、もう昨日になってしまったが、つらい二日酔いであった。

 

 二日酔いになると思い出してしまう話がある。浅草の飲み屋で知り合った初老の男性から聞いた、思い出したくないのに思い出す社員旅行の話である。


 その方が勤めていた会社では、全社員で温泉旅館に泊まり、夜は大宴会で飲んで騒ぎ、二次会で温泉街を飲み歩くという社員旅行を毎年やっていたそうだ。今もやっている会社もあるだろうが、昔はそんな会社が多かった。

 

 ある年の社員旅行で、一泊した翌日のことだ。いつもよりも多く、ほとんどの社員が非道い二日酔いになってしまったことがあったという。いつもより量を飲んだからなのか、何か悪い酒だったのか、理由はわからない。

 

 とにかく、ほとんどの社員が二日酔いで朝食の時間を迎えてしまった。

 

 朝食も大広間で全社員が並んで一緒に食べる。できれば自分たちの部屋で横になっていたい人が多かったが、全員が揃って朝食を食べることが暗黙の決まりになっているので、いやいや集まっていた。

 

 朝から酒も頼めば飲めるのだが、ほとんどの社員がうなだれて、黙り込んで、じっとおとなしく座って、箸も動かさず気持ち悪そうにしている。夜遅くまで飲んで、非道い二日酔いのうえに睡眠不足も重なっているのだからしかたないだろう。

 

 その様子を見て不機嫌になったのが専務だ。初めは何言わずに食べていたが、ついに怒り出した。そして、

「おまえら、朝から何なさけねー顔してんだ。だらしねーんだよ。通夜じゃねーんだ、ばかやろう」

と、怒鳴った。

 

 そして目の前にあった徳利を持ち上げて、

「いいか朝飯ってのはこうやって食うんだ」

と、言うと、中の日本酒をなみなみと飯にぶっかけ、茶漬けのように掻き込みはじめた。

 

 それを見た二日酔いの社員たちは、その味を想像してしまい、さらに気持ち悪くなり、何人もがこらえきれず便所に駆け込んで行った、という。

 


 二日酔いになると、この話を思い出してしまい、私も余計に気持悪くなる。だから、このブログ記事を読んでいただいた方々も、きっと同じようになるはずだ。

 

 あなたも二日酔いになると、ご飯に日本酒をぶっかけて、茶漬けのように食べるこの話を思い出すことになるよ。そして、もっと気持ち悪くなるよ。思い出して気持ち悪くなるよ。

 


 ちなみに、その専務は食べ終わってから「これがほんとのサケ茶漬け」などとは言っていなかったようである。

 

 

2017.08.01 Tuesday

とんかつ

JUGEMテーマ:食!

 

 一昨日のことなんだが、この話をどう思うだろか。

 

 私は、友人の知り合いが経営する、美味しいと評判の「とんかつ屋」へ開店前に連れて行ってもらった。なぜそういうことになったのか、その経緯はよく覚えていないが、なんだか「特別なはからいで、連れて行く」というようなことを友人から言われたような気がする。

 

 私たちが店に着き、厨房に案内されると、料理人がもくもくと調理を行っていたが、私たちに気づいて「おお、来たか」と気さくな感じで話しかけてきた。それから肉の仕入れや、パン粉のこと、油の種類と揚げ方のテクニックなど、美味しさの秘訣を色々と聞かせてもらった。

 

 もちろん、実際に目の前でカツを揚げてもらいながらである。だから厨房いっぱいに食欲をかきたてるいい匂いが広がっていた。

 カツを揚げる油の音を聞きながら、油の温度の調整なんかについてもじっくり説明を受けた。

 

 そして、いよいよ揚げ上がると、こんがりとキツネ色のカツを、まな板の上にのせて、サクッサクッと軽い感じの音をさせながら小気味よく切ってゆく。

 もう、ここで私の食への欲望の我慢は限界へと達していた。

 切られたたカツを見ながら、

「よし、いよいよ試食だ、この時を待っていたんだ」

 心の中でそう思い、出てくる唾を飲んだ。

 

 だけど、その時だ、

「ええと、それでは、夜の営業時間がきたので、今日はここまでです」

なんて、料理人とは別の、急に現れた店の関係者らしき男が言いだして、すぐに店を出るようにうながされたんだ。

 揚げたてのカツも目の前であっさり処分されてしまった。

「ええっ、何てことをするんだ」

と、思ったよ。

 

 ざっと、こんな夢を見たんだけど、やはり、私は何か心に鬱屈したものを抱えているんじゃないかと思うんだ。どうだろうな。

 

 

2017.07.21 Friday

しあし

JUGEMテーマ:夏の思い出

 

 夏になると思い出すちょっとした体験があるので、それを書いてみる。

 

 何人かの人に話したことがあるのだが、作り話だと思われて信じてもらえなかった。しかし実話である。実話である証拠に、面白くもなくオチもなく、大した中味もない話である。

 

 もう何年も前、ある暑い日に、近所の大衆中華チェーン店へ昼飯を食べに行った時のことだ。他の地域ではどうだかわからないが、東京都内ではそこそこ見かけるチェーン店である。

 

 私が注文したのは、レバニラ炒め定食だったか、何か定食類だったと思うが、よく覚えていない。いや、そんなことはまったくどうでもいい。

 とにかく、私は席に着いて、注文したものがくるのを待っていた。すると、見覚えのある人が店に入ってきて私のそばに座った。近所でよく見かける元気そうなお爺さんだった。話しをしたことはないが、よく見かけるので、もしかしたら向こうも私のことを認識しているかもしれない。まあ、そんなことも、この話には関係がない。

 

 お爺さんが座ると、すぐに店員が注文を聞きにきた。店員は中国人のようである。若い中国人の女性店員で、喋り方から推測すると、日本語はまあまあできるようではあったが、若干たどたしい感じもした。

 

 その店員が、

「何になさいますか」

と、言い終わるか終わらないかくらいで、そのお爺さんはメニューも見ずに、せっかちに、大きめな声で言い放った。

 

「しあしくれ、しあし」

 

 私は思わずのけぞった。

 

 当然、その中国人の女性店員には通じない。びっくりしたような、困ったような顔をして立っている。

 

 お爺さんは繰り返す。

「し、あ、し、だよ、し、あ、し」

 

私には、そう聞こえたが、人によっては、

「しゃぁし、だよ、しゃぁし」

あるいは、

「しやし・だよ、しやし」

に、聞こえたかもしれない。

 

 もちろん、それでも店員には通じない。

私は、助言しようかと考えたが、少しだけ間を置いた後、お爺さんはメニューを開いて、

「しょうがねーな」

みたいな表情をしながら、指をさして注文した。

 

 お爺さんは、どう頑張っても「ひ」が発音できないようであった。 生粋の江戸っ子なのだろうか。

 

 それでも、略さないで 「しあし中華」あるいは「しゃぁし中華」と、「中華」をつけて注文すれば伝わったかもしれないが、なぜかそうは言わなかった。お爺さんの中ではそれはあくまでも「冷やし」という名の食べ物なのかもしれない。

 

 それと、その時のお爺さんの様子から想像すると、注文が通じなかったのは自分の発音のせいではなく、店員がメニューを覚えていないからだと思っているようでもあった。

 

この話は以上である。

 最初に断ったように、面白くもなくオチもなく、大した中味もない話であるが、なんとなく印象に残っている夏の話として書いてみたわけだ。

 

 

2017.07.18 Tuesday

残念だけど

JUGEMテーマ:日々騒然

 

昨日のお昼頃に乗っていた電車内での出来事だ。

 

 私は通勤用車両のロングシートに座っていた。隣は一人分だけ空いており、その向こうに若い女が座っていた。そして、途中の駅から乗ってきた若い男がその空いた所に座り、座席は、私・その男・若い女の並びになった。

 

 そして、さらに駅を二つほど過ぎた頃だったと思う。その若い男が低い声で突然、隣の女に、

「おい、お前、忍者の草だろ」

と言い放ったんだ。

 

 私は、

「何を言い出してるんだ、こいつは」

と、思いながらも、何も聞こえていないふりをした。だが、もちろん気になるので、なるべく顔を動かさないようにしながら横目でそちらをうかがった。

 

 女は一瞬だけ固まったようだが、すぐに、小さいながらも強い語気で早口気味に、

「その秘密を知った者は始末するのが掟だ」

と言い返してきた。

 

 それを聞いた男は、一つ大きく息をした後、

「そういうことだから、残念だけど、あきらめるしかないな」

とでも言いたそうな表情で、だまったまま、じっと私の顔を見つめてきたんだ。

 

 

2017.07.16 Sunday

佃島の念仏踊り(佃島盆踊り)2017

JUGEMテーマ:盆踊り

 

佃島盆踊保存会の白張提灯

 

 [佃島の念仏踊り(佃島盆踊り)]に行ってきた。毎年7月13日から15日まで行われるものであるが、今年も最終日の昨日、15日に参加した。

 

昨年も佃島の念仏踊り記事を、けっこう詳しく書いている。

2016.07.20 Wednesday 佃島の念仏踊り(佃島の盆踊り)

 

 やっていることは基本的に毎年同じなので、もうあまり書くことはないが[佃島盆踊保存会]が出している[佃島の盆踊]について説明したリーフレットをもらってきたので、それを記録のために載せておく。

 

佃島の盆踊のリーフレット(表面)
佃島の盆踊のリーフレット(表面)

 

佃島の盆踊のリーフレット(中面)
佃島の盆踊のリーフレット(中面)

 

 A4の両面に印刷したものを三つ折りにしたリーフレットである。

 2枚の内の上の方の[東京都指定無形民俗文化財 佃島の盆踊]と、タイトルが書いてある部分が表紙だ。

 

 それで気になったのは、その表紙に印刷されている写真である。かなり昔に撮った写真に見えるが、実際に踊っているところを写した佃島の写真であろうか。そうだとしたら、今の佃島からは想像できないくらい土地の様相が違っている。いつ頃に撮った写真なのだろうか。少し高いところから撮っているようであるが、どこからどこを撮ったのだろうか。

 

 次に中面だが、この文章を読むと、終わりから9行目〜8行目に、

「この盆踊りの最終日には、踊り手が各自の趣向を凝らした仮装姿で踊られます。」

と、書いてある。

 

 そういえば、今年は仮装した踊り手がけっこう目についた。なるほど、仮装をするのが伝統だったのか。

 

 しかし、昨年も最終日に行ったが仮装の人がいたかどうかよく覚えていない。いたような気もするが、いたとしても人数が少なくてあまり印象に残らなかったのかもしれない。今年は強い印象に残るくらいたくさんの仮装の人がいた。何か事情があったのだろうか。

 

 わからないが、とにかく、来年の踊り手の仮装に期待しておこう。

 

供養棚/佃島念仏踊り

2017.07.14 Friday

東京・自転車シェアリング広域実験

JUGEMテーマ:じてんしゃ全般

 

 [コミュニティサイクル]というものを利用してみた。昨日のことである。

 

 コミュニティサイクルは、[自転車シェアリング]などとも呼ばれ、街に自転車の貸出と返却ができる所をたくさん設けて、そこをポートと呼び、利用者がどのポートでも自転車の借り出しと返却ができるシステムのことである。
 レンタルサイクルとの違いは、借りた所に戻って返さなくても、行った先の近くのポートに返せることである。

 

 海外ではけっこう普及している国もあるらしい。市街地ではなるべく自動車を使わず自転車に乗ることで、渋滞緩和や二酸化炭素の排出量削減を狙っているということもあろうが、使い方によってはなかなか便利システムなのではないだろうか。

 

 


■広域実験に参加する

 

 

私が実際に利用したのはこれだ。
http://docomo-cycle.jp/tokyo-project/index.html
(URLの頭に「docomo」がついているので、ドコモが絡んだ事業のようだ)

 

東京・自転車シェアリング広域実験
(千代田区・中央区・港区・新宿区・文京区・江東区)
 
上記の6区のどのポートで借りて、どのポートに返してもいい。
(1月17日の時点で全215ポート)

 

 ちなみに、このシステムの呼び名は「コミュニティサイクル」だの「自転車シェアリング」だの、千代田区の「ちよくる」だの、区によって異なる。それぞれの区が独自に行っているということであろう。そして、それらを横断的に利用できるようにしているのが「広域実験」という意味だということが理解できた。

 


 ホームページを見ると、

 

「2017年1月23日(月)より、東京都内6区(千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区)において、6区すべてのポートで貸出・返却することが可能となります。」

と、書いていあるので、区をまたがって借り出しと返却ができるようになったは、今年の1月末からのようである。

 

 [広域実験]ということなので、実験が終了することもあるだろうし、もっとエリアが広がって続けられることもあるのかもしれない。

 

 会員登録や利用の仕方は、上記のホームページを見ていただければと思う。

 


 私は、こういうものがあることを知ったのは2カ月くらい前なので、かなり遅れている人間なのであろう。
 ポートのある場所(ほとんど無人)に行くと、下の写真のような小冊子が置いてあって貰うことができる。その小冊子には、その小冊子を作った時点での6区すべてのポートの場所(215ポート)も明記してある。もちろん、ポートの場所はホームページでもわかる。

 

コミュニティサイクルポートマップ小冊子

 


■電動アシストですいすい

 

 

 私は2カ月前に知って、けっこう興味を持ったのだが、実際に利用する機会はずっとなかった。ただ、会員登録だけは済ませ、いつでも利用できるようにはしておいた。

 

 そして、ついに昨日、利用する機会が訪れたのだ。
 東新宿の、たまたま通りかかった場所で自転車シェアリング(コミュニティサイクル)のポートを見つけたのである。私はそこから後楽園方面へ行く予定があった。あらかじめ後楽園付近にもポートがあることを知っていたので、
「この東新宿のポートから後楽園のポートまで自転車で行けばいいのだ」
とすぐに閃いた。

 

 千載一遇のチャンスとはまさにこのこと、と、ばかりに私は目の前の赤い自転車にまたがったのである。

 

 だが、その直後に私は、自転車に乗ることがひどく久しぶりであることに気がついた。もしかしたら10年以上も自転車に乗っていなかったかもしれない。そのため、ちゃんと運転できるのか不安になったが、漕ぎだしてみるとなんとか操縦できているようであった。

 

 また、これは乗る前から分かっていたことではあるが、この自転車は電動アシストとかいうやつである。実は電動アシスト自転車に乗るのは始めてであった。だが、乗ってみると何も心配はいらなかった、なにも問題はなく普通に運転できていたのである。

 

 そして、それは当たり前のことだった。電源が入っていなかったので、普通の自転車と同じに決まっていた。

 

 電源が入っていないことに気がついたのは最初の上り坂に入ってからである。足が重くて前へ進めない。いったん停車して、
「なんだこれは、使い物にならない弱っちい電動アシストだな」
と、思っいながらハンドルを見てみると、なんと[電源]というボタンがあった。すぐに押してみた。そしてペダルを軽く踏むとどうだろう、グイーンと自転車が前へ進んでいくではないか。
 そりゃそうだよな。電源入れなきゃ作動しないに決まっている。

 

 これで坂道なんぞは楽々だ。やるな電動アシスト自転車。電動アシスト自転車が此の世に登場してどれだけ年月が経つのかわからないが、この日に始めて乗って、なるほど便利なものだと痛感した。

さらにいえば、この自転車は三段変速のギヤ付きでもあったのだが、それに気がついたのはもっともっと後のことだった。。
 三段変速と電動アシストで怖いものなしである。上り坂発進もちょろいもんだぜ。

 

 


■夏の炎天下をひた走って道を間違える

 

 だが、10年以上も乗っていなかったので、ちょっとおっかなびっくり、極めて安全運転でゆっくりと走っていた。自転車を運転する勘みたいなものが相当に衰えているだろうし。

 

 乗っている間は、電動アシストのおかげだろう、脚に疲れを感じることはまったくなかった。だが腕が疲れた。自転車ってこんなに腕が疲れるものだっただろうか、と思った。そんな記憶はない。
 だんだん手の平も痛くなってきたが、その理由は分かっていた。体がほんの少しだけ前傾姿勢になっていて、その体をハンドルを握る手の平で支えているからであろう。ハンドルに手の平が強く押しつけられて痛いのだと思う。普段、そういう押しつけられ方を私の手の平はされていないし。

 

 前傾姿勢になってしまっているのは、サドルの高さとハンドルの高さが私の身体に合っていないせいだろうか。腕が疲れるのもそのせいかもしれない。腕で前傾姿勢の身体を支えていることにもなるのだから。

 

 などと考えながら運転していたのが悪いのかどうか、途中で道を間違えてしまったようだ。そして間違えた時点からだいぶ走ってから気がついたので、かなり戻らないといけないことになってしまった。

 

 ここへきて、この夏の猛暑が私の身体にダメージを感じさせはじめていた。天気予報で、日中32℃になると言っていたまさにその時間帯である。
 よりによって何でこんな日にコミュニティサイクルに初トライしたのだろうか。もっと涼しい日に決行すべきではなかったのか、と、後悔しはじめてしまった。そして、腕も手の平も痛みが増してきた。

 

 やっと目的地に着いた時には、走りはじめてから30分を過ぎていた。この自転車シェアリング(コミュニティサイクル)のレンタル料金は30分まで150円で、それを過ぎると30分ごとに100円が加算されるようだ。つまり今回は250円ということになる。相当にゆっくり来たものの、東新宿から後楽園まで途中で道を間違わなければ30分以内に着いたと思うが、大きく間違えたせいで超過料金となってしまったのである。
 まあ、しかたあるまい自分のせいだ。

 

 自転車を返却するには、ポートのラックに前輪を差し込み、手動で鍵をかけて、さらに自転車についているエンターキーを押す。その最後の[エンターキーを押す]の忘れる人が多いようだ。

 自転車を返却すると会員登録時に設定しておいたアドレスにメールが届く。それを見ると、まず施錠した段階で[施錠]を知らせるメールが来ていて、そこには「まだ返却になっていない」との注意も書かれていた。
 そして、エンターキーを押すと、またメールが来てそこには、自転車が[返却完了]したことが書かれていた。
 つまり[返却完了]のメールが来ないうちは借りていることになるので、料金も発生してしまうのであろう。ここには特に注意が必要だ。

 

 無事に返却が終わり、私は歩道を歩き始めた。すると、なんだか脚の感覚がおかしい。10年ぶりくらいに自転車に乗って普段使っていない筋肉を使ったからなのか。電動アシスト付きとはいえ、それなりは筋肉も使う。それとも運転中の姿勢のせいなのか。原因はわからないが、とにかく脚の感覚がおかしくて少しの間はよく歩けなかった。

 

 東新宿から後楽園まで、炎天下の中を30分以上も自転車を漕いできたわけだが、その間を、素直に地下鉄大江戸線に乗って、東新宿駅から春日駅まで来れば、冷房が効いた車内で快適に過ごしながら所要時間11分で220円であることを、最後に書いておく。

 

 

2017.06.25 Sunday

玉ねぎのアチャール[簡単レシピ]

JUGEMテーマ:家庭料理のレシピ

 

玉ねぎのアチャール

玉ねぎのアチャール

 

 インド料理、インドカレーの付け合わせなどでお馴染みの[玉ねぎのアチャール]の超簡単なレシピを思いついた!

 そこで、ここにそのレシピを惜しげもなく完全公開する。ぜひご参照のうえお試しいただきたい。

 


クエン酸

【はじめに】

このレシピのポイントは、だいたいどの家庭にも常備してある[クエン酸]を使うことでです。

 

焼酎に入れてレモン酎ハイ風に飲むもよし、醤油に混ぜて冷や奴をいただくもよし、揚げ物などにパラパラとかけて食べるもよし、水に溶かして飲んでもよし。

そんな便利な調味料物質[クエン酸]を使うことで、驚くほど簡単に[玉ねぎのアチャール]が作れます。

レシピ
ボウルに玉ねぎ

【1】

玉ねぎを適当な大きさに切ってボウルに入れます。

ここに[クエン酸]を適量入れ、塩もみの要領で玉ねぎを手でもみます。

 

ここがポイント!

クエン酸の量はお好みですが、あまり入れすぎると酸っぱくなり過ぎます。はじめは少量入れて、味をみて足りないようなら加えていくといいでしょう。

どの段階で加えても問題ありません。出来上がってから足してもかまいません。


【2】

どれくらい玉ねぎをもみ込むむかも、お好みですが、私はけっこう強く、玉ねぎの繊維をつぶすように拳を押しつけたりしながらもみ込みました。所々に白い部分が残っていますが、だいたい半透明になるくらいでしょうか。

 

手でもむので、もちろん手は玉ねぎ臭くなります。傷があるとしみます。そして玉ねぎは、あなたに涙をこぼさせてしまうのでしょうか。

 


クエン酸で揉んだ玉ねぎに一味唐辛子

【3】

一味唐がらしを好みの量入れて混ぜます。

 

チリーペッパーだの、レッドペッパーだの、カイエンペッパーだの、まあ違いをよくしりませんが、ハバネロだのハラペーニョだのを使ってもいいんじゃないかと思いますが、私は使ったことがありません。

さらに、他のスパイスも加えて風味を出してもいいかもしれません。お好きにどうぞ。

塩を少量加えて味を調えるなんてこともあるんでしょうけど、私は塩分摂取をなるべく減らしたいので使いません。

玉ねぎのアチャール

【4】

できあがりです。

作りたては玉ねぎの甘さがよく分かる味がしました。時間が経つにつれ、酸味と辛味が増してくるような感じがするのですが、さてどうでしょうかね。

 

このやり方で、他の野菜のアチャールも簡単に作れる気がしてきました。大根とか蕪とか、茄子、白菜、キュウリなどなど

インド人にも教えてあげたいですね!

 

[材料のおさらい]

■玉ねぎ・・・・・適量

■クエン酸・・・・適量

■一味唐がらし・・適量

 

 

2017.06.23 Friday

夢日記と記憶喪失

JUGEMテーマ:

 

 ふと、夢の一場面を思い出した。だが、その夢をいつ見たのかは、はっきりしない。ずっと昔に見た夢のような気もするのだが、昨晩に見た夢だったような感じもしてくる。

 

 いや、かなり昔に見た夢のはずだと、また思い直すが、いやいや、やはり見たのは昨晩だったような‥‥‥‥

 

 そして、だんだんと私は、その同じ夢をずっと前から何度もなんども繰り返し見てきたような気になってくるのである。

 

 夢などというものは、いくら見ても目覚める前にほとんど忘れてしまうものだから、いつ見たのか覚えていなくても不思議ではないだろう。

 しかし、どうして、見た夢を容易く忘れるのだろうか。人は、見た夢のほとんどを忘れ去ってしまう。

 

 見た夢を覚えていないというのは、記憶喪失の一種なのではないだろか。

 

 人は夢で体験した記憶のほとんどを目覚める時か、目覚める前に喪失してしまう。たまに、目覚めた直後には隅々まで覚えている夢の記憶も、数時間の内にはその多くを忘れてしまっているのではないだろうか。その後も残り続ける夢の記憶は、よほど印象が強いものに限られはしないだろうか。

 

 なぜ、こうも簡単に、人は自分が体験したことを忘れるのであろうか。夢で自分が何をしたのか、自分がどんな存在であったのか、その記憶を日常的に喪失し続けているのである。

 

 だから人の夢は儚いということになるかもしれない。そして、そんな夢を記憶に留めておくことはできないだろうかと考えることもある。
 そこで登場するのが夢日記ということになるだろう。実際に夢日記をつけている人もけっこういるらしい。私も試みたことはあるが、すぐにやめた。

 

 なぜなら、夢日記を書きながら、それが本当に見た夢なのか私の想像なのかよくわからなくなってしまったからだ。見た夢を書いているのではなく、夢を想像して作りだして書いているような気分になっていったのだ。夢日記をつけるために夢を思い出そうとするが、思い出しているのか想像しているのかわからなくなった。想像した夢を実際に見た夢だと思い込んで夢の記憶を増やしていくような感覚だ。

 

 そして、本当に見た夢と、作りだした夢の区別がつかなくなり、自分でいくらでも夢を作り出せるような感覚に陥った。そこで夢日記をやめた。夢を自分の意志で作り出すことには興味がないからである。

 

 

Profile
Categories
Search this site.
Selected Entries
タニタ
日本文化センター
Amazon
Recommend
【第3類医薬品】ハイチオールCプラス 180錠
【第3類医薬品】ハイチオールCプラス 180錠 (JUGEMレビュー »)

二日酔の原因物質の分解を助け、症状を改善します。
人気ブログランキング
ブログ村
にほんブログ村 ポエムブログ 都々逸へ
Archives
Calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM